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最新情報 : 文学部教員コラム vol.109 災害ユートピア …… 現代社会学科 大澤 善信 先生
投稿日時: 2012-4-27 8:00:00
 わたしのゼミでは、社会理論や社会学の思想の分野を扱っていますが、そのライトモチーフは「ユートピア」です。
 ユートピアは、「理想郷」と訳されるのが一般的ですが、旧い言葉では「無何有の郷(むかうのさと、むかゆうきょう)」といった言い方もあります。こちらの方が「どこにもない場所」=Nowhereという元々の意味を反映しているかもしれません。
しかし、この言葉をつくったトーマス・モアは、「ユートピアの社会には、われわれの諸都市においてもそうあることを期待したい、というよりも、正しく言うならば希望したいようなものがたくさんある」とその著書の末尾で述べています。ラテン語からの英訳ではこうなっています。
 However, there are many things in the commonwealth of Utopia that I rather wish, than hope, to see followed in our governments.
 ここでのhopeとwishの違いは大きいと思います。「あったらいいな」という
(ドラえもん的)夢の国ではなくて、現実の困難に抗っても創り出そうとする
気持ちのこもったところが感じられます。モアによれば、現実逃避ではなく、
現実を改造したいなと思わせる模範像がユートピアです。「あったらいいな」
では、「桃源郷」という言葉も同義につかわれますが、桃の花が咲く林をくぐ
り抜けたところにあるという現実逃避の夢物語です。
 さて、東北地方から関東地方にかけて甚大な被害をもたらした、昨年3月
11日の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では、わたしたちは卒業式も入学式も行えないで、授業は平常通り開始されたものの、ただおろおろと
事態を見守るしかできませんでした。それから一年が経ち、被災地では犠牲者を弔う追悼式、慰霊祭を催し、復旧・復興を誓う行事が執り行われました。
 少し時間をおいた今、この4月のゼミでは、大震災と津波そして福島第一
原子力発電所事故による甚大な被災を第一の話題にしようと考えています。
ユートピアをライトモチーフにするゼミで、なぜこの大惨事がトピックになる
のでしょうか。そう聞き返すにちがいないゼミ生に、わたしは、レベッカ・ソル
ニット著『災害ユートピア—なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』
(高月園子訳、亜紀書房)というノンフィクション本を薦めようと思っています。
 ソルニットはこの本で、大地震、戦争時の空襲・爆撃、ハリケーン、それに9・11事件など、歴史を画すことになった大災害をとりあげています。そして、ソルニットが注目したのは、天災、人災、破壊活動(戦争)の別なく、そうした大災害の直後に生まれる人々の無償の助け合い行為です。緊迫した状況の中にもかかわらず、誰もが他人に寛大になり、愛他的になり、隣人はもちろん、見知らぬ人々に対してさえ、思いやりの行動をとっているということに注目しているのです。
                         大惨事に直面すると人間は利己的になり、パニックに陥って我先にと
 いう退行現象が起きて野蛮になるものと一般に思われていますが、真実
 はまさにその正反対で、恐怖の惨事の最中に人々は寛大さ、利他主義、
 勇敢さ、深い創造性を発揮し、他人を助けるために自分が犠牲になるこ
 ともいとわないという利他主義行為や自己犠牲が見られるというのです。
  そして、危険や喪失、恐怖、欠乏を広く共有することで、生き抜いた被
 災者たちの間に親密な連帯感が生まれ、人々は即席の避難所や救助
 グループ、コミュニティをつくっていきます。
  このように、一時的であれ、被災地に次々と生まれる、正常な状況の
 もとではめったに得られない帰属感と一体感を与える相互扶助のコミュ
 ニティを、ソルニットは「災害ユートピア」と名付けています。
  この本の原題はA Paradise Built In Hell (地獄のなかでつくられる
 楽園)です。まるで地獄というべき状況のなかで、「常識」ではあり得ない
 と思われるような、無秩序とは程遠い自発的な愛他的行為と相互扶助の
 関係によって「束の間のユートピア」がつくりだされているのです。
  ソルニットはこの「ユートピア」は束の間の、夢のように現れて消えてし
 まう体験であるが「目覚め」のきっかけになるとのべています。そして、
                       惨事をきっかけに、もっと深い現実、大きな世界に目覚めることが大事だと述べています。
 しばしば大災害が歴史を変えると言われます。それは、災害下で活発化する自発的な相互扶助コミュニティと利他主義の盛り上がりが、愛他的な存在であるという人間の本来の姿に目覚めさせ、わたしたちが別の世界、別の生き方を希求する契機になるからにほかなりません。
 ソルニットの本で、これより先に翻訳されているものに、『暗闇のなかの希望』(井上利雄訳、七つ森書館)があります。
 この本では、2003年の米国のイラク攻撃の際に世界中一斉に展開された反戦平和デモをはじめ、メキシコのサパティスタ運動や1999年のシアトル行動など、新自由主義的グローバル化のもとで苦難を強いられている人々と連帯した、地球規模の公正をめざす諸運動が語られています。
 ソルニットの著作から、他の社会、他の生き方の可能性に「目覚め」た人々は、すでに少なからず存在していていて、ボランティア活動としてやNPOとして困窮した人々に手を差し伸べ、「ユートピア」の実践をおこなっていることをあらためて知ることができます。
 「災害ユートピア」は、理想の社会の模範像が人間共通の本性としてわたしたちの身体に埋め込まれているということを教えてくれます。
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